液体金属を用いることで高い伸縮性を持った導電ケーブルが実装できるとの記事をみた.ヘッドホンケーブルへの応用などが可能とのことですばらしい技術である.

動画:8倍伸びる液体金属ワイヤを米大学研究者が発表。ヘッドホンケーブルへ応用可能 – Engadget Japanese

しかし,伸縮性のあるヘッドホンケーブルが本当にユーザに求められているかは不明瞭である.多くの場合,ある技術を「欲しいですか」と聞かれた人は「欲しい」と答えてしまう傾向がある.しかし,実際に使うか,また,使ったことで良い体験を得られるかどうかは,このような単純な質問では明らかにできないことに注意したい.

ヒトにはミラーニューロンがあることが知られており,体験していないのに自分が体験しているかのような感覚を得ることができ,また様々な経験からどのように嬉しいかを予測することもできる.しかしながら,体感品質に繋がる満足感や達成感のようなものは,恐怖感や単なる知識などに比べ高次な処理が必要であり,脳内でシミュレーションすることが難しい.ゆえにぱっと見て便利だ,必要だと思ったとしても,購入して使った結果がっかりすることが多いのである.従って,体感品質(UX: User Experience)は,ぱっと見たときの印象や,少し使っただけでは判断できない.

だからこそ,技術を生み出し活用する場合には,技術の応用先を考えることは危険なのである.逆に,ヒトの満足感や達成感に繋がる事象を発見し,それに対して適切に技術を当てはめる方が良い.適切に,と言葉で言えば簡単だが,その裏には時代背景,市場,価格帯,関連技術の成熟具合,トレンドなど様々な要因が絡み合い,複雑であるから予測することは容易ではない.最近では,サービスやニーズの多種多様化が特に進んでいるため,その難しさは日々増している.

ではどうすれば良いのか.その答えのひとつは現場観察である.現状ヒトがどのように生活をしていて困っているかを観察から発掘し,それを解決する試作品を作り,多くの人に試用してもらい,その様子をつぶさに観察するのである.このとき体験品質がどうだったかを直接聞いても意味はない,どのようにさわり,戸惑い,楽しそうにするかを良く観察し,深く分析することで,何が体験品質に繋がっているかを発見することが必要である.これは時間がかかり,面倒で,泥臭いように見えるが,売れない完成品を素早く作るよりははるかに健全なのである.現場観察に興味を持った方は「エスノグラフィ」というキーワードで少し調べることをおすすめする.

今後,液体金属ケーブルを作ったチームが,現場観察を経て,素晴らしい応用先を見つけることを楽しみにしたい.