宋氏が、「真相報道バンキシャ!」という番組で、下記の発言をしたことが話題になっている。これを擁護する声も挙がっているが、この考え方を正当化することは危険であると言わざる得ない。

「〜略〜人類は細かいことでもめている場合ではないんですね。今日思ったのはですね、尖閣諸島に落ちてくれないかと思ったんですね。なくなればトラブルもなくなるから。」

 未だに固く信じる: 宋文洲のメルマガの読者広場 より引用

もめごとの対象を消すという考えは危うい

本質的に「尖閣に(隕石が)落ちる」という発言が問題なのではなく「もめごとになっている対象が消えれば、問題は解決する」という思想そのものが危険である。

生物は多種多様で、様々な状況で生きているため、ある生物に利益がある場合に、他の生物の不利益になるということが数多く起こる。この状況において両者間で議論になるとき、まさに「もめごと」になるわけなのだが、生物が多種多様であるかぎり「もめごと」をなくすことはできない。

もめごとをなくすことはできないなかで、「もめごとになる対象を消す」という消去法の考え方は、誰に対しても利益がなければみんな幸せになる、という非常に萎縮したものであり、到底容認できない。例えば、今回のもめごと(論争)に当てはめて、宋氏の発言を以下の通り言い換えたら、誰だっておかしいと気がつくはずだ。

「略〜人類は細かいことでもめている場合ではないんですね。今日思ったのはですね、宋氏に(隕石が)落ちてくれないかと思ったんですね。なくなれば今回の論争もなくなるから。」

私は、生物が多種多様であり、もめごとは無くせないからこそ、お互いの主張をぶつけあって、妥当なポイントやもめごとを上回るような利益を見つけ出そうとする努力が大事だろうと考える。ゆえに、日中友好や尖閣云々は関係無く、私は宋氏の発言を正当化してはならないと思うのである。